女性に対する暴力(ドメスティック・バイオレンス)と
人権について考える

野村羊子(プーの森主宰)
 以前、カナダの総領事が妻に暴行して事情聴取されるという事件があった。

結局不起訴だったが、解任され懲戒処分(3ヶ月間10%減給・官房長付きに配転)

を受けた。カナダでは、医療従事者などに虐待・暴行の疑いがある時は通報義務

がある。たぶん事情聴取されたのは妻が怪我して病院に行ったからで、同程度の

障害を他人に負わせていたら、起訴・懲戒免職になっていただろう。妻の人権は

軽いとため息がでる。

 その時、彼は「(妻を殴るのは)日本の文化だ」という言い訳をしたと話題になった。

カナダだからこそ書き立てられたが、日本でだったらうやむやにされていただろう。

夫が妻を殴るのは当たり前、犬も喰わない夫婦喧嘩だと思う人が彼も含めてまだ

まだ多いのだから。

 また、この事件は社会的身分のある人だから話題になったという面もある。妻を

殴る夫はアル中の粗暴な男、というイメージは作られたものなのだ。実際、暴力を

振るう夫はすべての年齢、すべての社会階層、すべての職業にいる。内と外との

落差が激しく、内実を理解してもらえないことも妻を沈黙させてきた要因の一つだ。

 それは、アメリカの女性運動の中からわかったことで、この時からアメリカでは、

シェルターという女性が逃げ込める場を作る運動が始まった。同時に社会に対する

啓発や法律の改正、行政への働きかけを行ってきた。そこにあるのは、殴られる

のはその女性個人に問題があるからではない。今苦しんでいる女性を助けるには、

殴る夫から離れて安全な場を確保することが必要、という実際的なものだっと思う。

 『ドメスティック・バイオレンス』は、そういうアメリカの今の現状、今だにドメスティック

・バイオレンス(DV)で殺される女性がいる、と同時にDVから逃げ出そうとする女性を

サポートしようとする様々な手立てがある、ということを体験とQ&Aで教えてくれる。

 ここ数年、ようやく日本でもDVが話題となり、東京都の調査も行われた。また、民間

シェルターが数は少なくともあちこちに作られ始めた。その数少ないシェルターの運営

者が書いた『シェルター』は、DVの被害にあいシェルターに逃げ込む女性の実態、

日本のシェルターの状況などを知ることができる。

 人は、妻や子どもであっても、殴ったり殴られたりしていい訳がない。結局は、社会

全体のこの問題への理解、もっと言えば人権とは何かへの理解の深まりが必要なの

だろう。

 『女性に対する暴力』は、どう考えていけばいいのかという道筋の一つを示している

ようだ。

 すべての人、とりわけ女性など弱い立場の人が、自尊心(自らを大切にする思い)を

持ち、自由で安心して暮らせる社会にすること、それが暴力のない社会への近道なのだ。

それには各自がエンパワメントされること。『エンパワメントと人権』によれば、エンパワメント

とは外的な力をもつことではなく、自分の潜在的な力、本来の個性を発揮できるようにする

ことだという。

 あの元総領事の妻は今、どうしているのだろうか。傷を癒し、エンパワーできるところに

いるだろうか。無力化された人が本当に逃げ出すのはとても難しいことなのだ。
 
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