虎井まさ衛さん(作家・FTM(female to male)日本主宰)
『トランスジェンダーの時代』を語る
今年1月末、岡山大学医学部で男性から女性への性別再指定手術(いわゆる性転換手術)が行われた。98年にこの種の手術を公的に実施し始めた埼玉医科大学に続き、トランスジェンダー(心身の性の不一致に苦しむ人々。性同一性障害を抱える人とほぼ同義)にとって国内で二番目の、大きな救済機関が誕生したわけだ。しかも岡山大は国立大学である。これを受けて当事者の戸籍上の性別訂正に向けても、先年から立ち上り始めていた国会議員の一部を中心に、大きな動きがあることが予想されている。 トランスジェンダーに光が降り注ぎつつある時代になってきたのだ。 私自身は埼玉医大で手術が行われる9年前に、アメリカで女性から男性への性転換を終えた者である。87年からメディアでそのことを公にしたり、94年に国内で初めての女性から男性へのトランスジェンダー向けのミニコミを始めたりと色々やって来たおかげで、現在まで国内のこの関係の道程の大筋は、なんとなくいつでも把握している。そんな私が外から眺めつつ、また時には内側に深く入り込んで、1995年から2000年までに、あらゆる紙媒体に書いてきた文章をまとめ、国内の公的な性転換をめぐる事情を、熱っぽく記録したものが本書である。この6年間は我々にとって激動の時代であった。 まず95年に埼玉医大で「手術を実施したい」旨の申請が、一人の形成外科医から大学の倫理委員会に出され、翌96年に手術にGOサインの答申が出た。当時のたじろぐほどのマスコミの過熱ぶりに、我々も浮き足だったものだった。 そしていよいよの98年の手術実施。直後に国民は、この問題に対する興味を失った。 それはヘタに注目されてプライバシーを危険にさらすことを恐れる我々の中の多くにとっては、ある意味では好ましいことであったのだが、「手術OKですべて終わり」と勘違いされたままで宙ぶらりんな冷め方をされてしまったことは、後に問題を残してしまった。治療費が高すぎても保険は効かない、そもそも治療してくれる所が少なすぎる、「そういう人」と知られてしまうと、能力があってもクビにされる――こういった諸問題に加えてその最大級の不自由は、「手術して晴れて心身の性別が一致しても、戸籍上の性は変えられない」ことなのである。今私は性転換によってどれほど癒され幸せになったかという本(十月舎近刊)を書いているが、それは心の持ち方について述べているもので、実生活ではあらゆる不自由にがんじがらめにされている。 裁判所はよく却下理由として「国民のコンセンサスが得られていない」ということを挙げる。国民の多くは「手術OKイコール戸籍上の性別訂正OK」と思い込んでしまい、すでに無関心になってしまっているというのに。なんという意識のズレ。 だが時代は着実に動いている。多くの人々にこの興奮をお伝えしたい。本当に幕末じみていて、苦しいけれど、面白いのだ。夜明けは遠くない。 |